インターネット無人果物販売所

宇宙人ブログ


此処から

ここからそこまで 間にはいろいろあるけど それがいい

小さな用水路に沿って歩いて 知らない池に来た

ザリガニを釣ったことないのに思い出 誰かいたような思い出

思い出すふりして思い出す勇気もなくて 結局チラチラと池を見る

誰も見てない池を見る 誰も見てないでいてくれ

僕だけなら、ない思い出も、許されるだろう


目玉焼きもコーヒーも風鈴も消しゴムもサラダも

目玉焼き論争を喫茶店で繰り広げる集団にであった。 何をかけるか、焼き加減、令和で見かけることはなくなった過去の戦争。 コーヒーには砂糖を入れる。ミルクは入れない。 言い争いを好む地球人はほんの少しだけいる。 大きい声を出したいときがある。怒鳴られた経験は誰にでもあるだろうが、その全てが怒鳴られるに値するなんてことは到底ない。 おまえは目玉焼きにケチャップをかけるような人間だからダメなんだ、と怒鳴られるような毎日があらゆる土地に散在している。 怒鳴られたことはすぐ忘れるのが良い、なんて簡単に言う。 忘れられないことも含めての毒性なのだ。 怒鳴ることに刑罰がつく日も近い。人間は損しないことが好きなのだ。

怒らないで聞いてくれる?と言われるとき、怒り方を考えている。 消しゴムを拾ってもらったから恋をする。消しゴム拾われる以前と以後でまるで消し味が変わる。 消し味のベクトルは人によって違うところも興味深い。 筆箱はひとつの惑星である。 私は貴方に一番良いペンを貸す。 私にとって全く大事ではないというような顔をして貸す。 返さなくていいとさえ考えている。 そのペンは駅の文具店が閉店する際に半額セールなので買ったのだ。 お気に入りのお店であった故、その時のレシートを一ヶ月筆箱に残していた。 皺くちゃになって、印字は消えて、ただの紙切れになってゴミ箱に飛び込んだ。 あなたも私も怒らない。これは実は簡単なこと。 そのような空間から空間へ渡り鳥のように移動する。 ライフスタイル。

目玉焼きには何もかけない。何もかけないと決めているわけではない。 本当は醤油をかける。なのに正直に言えない。 君が醤油が大嫌いだったら、後悔する。 後悔しないために沈黙する。 やらずに後悔するより、やって後悔しようなんて言われているけど信じられない。 まるで逆だと思う。君はどう思う? え。。。。?

アイスクリームを食前に食べる星で、食後に少量のサラダが出てきた。 それがなかなか良くて、こっそり地球で試してみる。 感動は薄れてはいるものの悪くはない。 私はその星にお土産として風鈴を持って行った。 文化的交流と言えるだろう。後悔はない。

怒らないから何でも言ってごらんと彼は言う。 少し考える時間が流れる。 風鈴というものが不思議な音をたてている。 私は正直にはなす。 静かな時間が流れる。 私は風鈴の音さえうるさく感じている。 風鈴なんて何のために地球人は作ったのだろう。 彼は大きく息を吸う。 私は口を覆う仕草で、解毒剤を予防的に投与する。 数秒後に風鈴の音はかき消される。 風鈴は静寂を知らせていた。 静かなうちに楽しみなさいという警告。 地球人はなかなか頭がいい。


宇宙から見た貴方

近い未来と遠い過去。 あなた色んなことを考えてきましたね。 たくさんの苦悩があったことでしょう。 社会主義と資本主義どっちがいいのかなって、ドッジボールしながら考えていたら顔面にボールが当たりました。 顔面セーフっていうルールがありました。これは社会主義的だなとメガネの歪みを直しながら思いました。 何だか痛くて涙がでそう。メガネはちょっと歪んでしまった。次の国語の時間に直そう。これは資本主義的だなと思いました。 希望をもって泳ぎました。25mは果てしなく、殺菌効果のある水の中で踠きました。なぜ泳がなければならないのだろう。 私は息継ぎができないので息継ぎをせずに25メートル泳ぎました。酸欠で頭痛がひどくて給食が食べれませんでした。資本主義的だなと思いました。私は見るからにsickな顔をしていたのですが、給食はみんなと同じぶんだけ装われました。社会主義的だなと思いました。あまりの頭痛に私は俯いていました。 ごぼうが皿に乗っていました。私はごぼうに謝りました。社会主義的だなと思いました。しかし我慢して食べました。ポリポリと頭蓋に響きました。資本主義的だな思いました。 そして家に帰ります。ただいまと言いました。そしてそこから私の記憶はありません。たくさんの経験をしました。 あなたもわたしも、あの雲も、この蜘蛛も(殺しますか)。違う星から見ると地球は違う星に似ています。 あなたがこれを読んでいる時、時間が過ぎていきます。哲学者がなぜ偉そうか知りたいですか? 彼らは哲学をすることでサングラスをかけているからです。太陽を眩しいと思うならそれが正解なのです。 幼き日の私は思いました。何かに熱中するのが、世界から目を背け、時間を潰すためだとしたら、何で生まれたんだと。 人生に早送りボタンがあれば、矢印マークが擦り切れるくらい押すのだろうか。 人生を全部味わい尽くすのが、脳味噌ーずの役目なのではないだろうかと。 私は幼かった。私は竹とんぼを恐ろしいと思っていた。竹とんぼ予測不能な方向にしばし飛んでいく。 私はそのたびに誰かの目に刺さることを想像した。もし竹とんぼが誰かの目から光を奪ったとしたら、竹とんぼなんて生まれなければよかった。 そう思いながら、カーテンの隅を握りながら泣いた。鼻歌を歌いながら通り過ぎるおばちゃん自転車ライダーに、心のハンカチで涙を拭いて欲しかった。 何かについて考える時、何かを考えないようにしています。考えないようにした何かが結局人生の主役だったりしてうんざりします。 あなたがここまで読んだ時、私もここまで読んでいます。あなたが生まれたことに関しての情報は宇宙の曲がり角の巨大な(太陽よりも)金庫に保存されています。あなたはその情報を知って、救われるかもしれない、がっかりするかもしれない。そのどちらにせよ、あなたは今ここにいるのです。 ここは無人販売所。あなたは自分が何者か決めてしまいましょう。なぜなら地球人は宇宙の曲がり角まで行けないからです。未来永劫行けません。 なぜなら地球人は立ち入り禁止だからです。なぜって?同じ話です。知った時に何かが起こるわけではありません。 地球にあるものの組みわせがあなたなのです。つまり円周率の中に、貴方の最高最愛のパートナーと運命付けられている人の電話番号があるのです。 宇宙は限りなく無限であるのに対し、地球人の組成は有限なのです。あなたは無限ではない。 有限である。有限的主義である。無限的主義はありうる。 いいですか。宇宙では必ず竹とんぼが生まれますが、地球で竹とんぼが生まれたのは奇跡的なのです。竹とんぼ星(宇宙の曲がり角よりもっと先です)の生命体は地球人で言うところの感涙なうです。これが有限のなせるわざ。 残念ながらいくら無限を分割したって有限にはなれない。これが悔しくて宇宙はときどき、何かを握りしめて泣いているそうです。 有限、有限といいますも、地球人が有限をしることはありません。将棋で10000000000手先を読むことはできない。地球の数学の枠がそうだからです。 いいでしょうか。地球人は有限の中で無限を味わえると言う贅沢な生命なのです。 気色の悪い上司、ひどい痛み、憂鬱な精神、すべて観察に値します。よく見るとすべて無限に見えます。しかし宇宙裁判所がだした結論は有罪ならぬ有限なのです。それだけの話です。 あなたは有限。決めましたか?自分の主義。その主義を脳内で遠くに届くよに唱えてください。主義星人(宇宙のカーブミラー的星)の生命体は歓喜の悲鳴を上げるでしょう。あなたの主義が有限が生み出す、無限主義的な、とうてい味わい尽くすことのできぬものだからです。あなたは宇宙の1000000000000手先を読んでいる。お見事。


Ysyatuパラダイス

Yシャツの序列はYの下の棒の部分の長さで決まるらしい

そこが,まっすぐで長くシュッとしていればいるほど,Yシャツはえらいのだ

Yシャツどうしの挨拶は,だから,まず相手の袖の長さから,その縦棒の部分のながさを推測することから始まる

なぜならYシャツの袖は基本的にはキチンと,ズボンの中に仕舞われていることが多いから

Yシャツはその,ボタンの配置やVの部分の角度,模様,布地などの情報を特定のパターンに落とし込むことで,人間の脳に干渉して進化を遂げてきた

いわゆるファッションというものが毎年変化するのもここからきている。

人間がファッションを駆動させているというより,Yシャツ(に限らず服飾)が人間を通して進化,発展を求める,その力が圧となって,人々に次のファッションを生み出させる。

地球はその点で気温の変化や,媒介となる人間の移動,情報の流動性において,最適であった。

というよりは,そういった形に進化してきた結果そう見えるだけではある

服飾を征したものが,人間社会においても,権力を得ることになるのは,服飾が人間に汲みして力を与えているのであると言える。

近代の情報革命にYシャツが果たした役割は小さくない。

人間が裸をこれほどまでに社会的タブーとしているのはもちろん服飾側の力によるものだ。

人間がこれに対してできることは少ない,,,

いまは理想的な共存関係にあるが,いつかYシャツが人間を支配するときも遠くないのかもしれないし,もうそうなのかもしれない,

私たちは服を脱いで違い愛し合う中でしか,人間としての自由を取り戻すことができないのかもしれない,がその相手を見つけるのだって,服飾に支配されている,,

温泉文化は日本に残る,貴重な文化であるが,これは人間側が服飾から逃れ,情報を交換できる,貴重な場所になっており,服飾の力に気づいた有志によって地道に支えられている

服飾は,これに対して,刺青といった,直接的に人間の皮膚に印章を施す形の服飾を発達させようとしたがその変化の少なさによる進化の限界や,温泉に置ける刺青の禁止といった対策によって,これまでのところうまくいっていない

日本が,服飾に対する最後の防御機構としてその役割を果たすことがないといいと思う。人間だって,服飾に助けられている面だってあるのだから。


知識

消化管の構造の略語について 毎回,ep lpm .... 英語 とかしらべても出てこないので。。

EP 粘膜上皮 mucosal epithelium LPM 粘膜固有層 lamina propria of the mucous membrane 本当はラテン語でlamina propria mucosaeの略 MM muscular layer of mucosa 本当はラテン語でmuscularis mucosaeの略 SM submucosa MP muscular layer of mucosa 本当はラテン語でmuscularis mucosae AD adventitia


毎日世界の名画がちょっとした解説とともに配信されるアプリを入れました。 今日の絵はマネの温室にてという絵でした

動物園にいくと人間も動物だなーって思いますが,すごい絵とか文化を見ると,人間ってやっぱすげぇってなります

でも今の自分は,そんな簡単には気持ちが揺らがないタイミングでもあります。 人間の文化が人間らしさであるなら,動物にだってそれ相応の文化があるんじゃないかと思います。 動物は,保存とか効くのかな,きかないからこそうけつぐのかも

クジラが歌をうたうってのがありますが,クジラが歌ううたは,その美しさが消えてしまわないように,一生懸命にうけついでいるものかもしれません そう考えると,芸術にかける思いは,僕ら人間なんかより,一層すごいものかもしれません

自分なんかは,綺麗な絵だ!で終わっていますが,くじらからしたらすばらしいうただ!!この美しさをなんとしてでも残さねば!って,制限のある分だけ,より一層美しいものに感じるはずだと思います。


動物園

いろんな意見があることをみると,どんなん事実だって正解か不正解かどちらもできる(さいていでもだれかはなっとくさせれるかたちで)のだとおもう。 ろんりがただしいのものうがそうはんだんするきのうがみんなにきょうゆうでそなわっているのをしようしているだけで, 1+1が3の生き物がそんざいするかもしれないのと同じりくつだ

動物園にいって動物をみていたら,動物はなにかが正しいとしんじている節があって,それはぼくらが正しいとか正しくないとかいってるのとおなじだ(おなじことを繰り返しいったのだから全く違わない)

つかれっちゃったけど,なにも考えずにいたいなと思うけど,のうがそう感じちゃってるなら仕方ないよね

つかれちゃっていまかいているキーボードのぼたんひとつひとつが上下することの,それまでの歴史に思いをはせて感動できるぐらい

つかれっちゃって想像上のすな,木の皮,模様の1つ1つがすごい歴史とじかんのなかで,たまたまあわさって,神経細胞を発火させてるの?よくわからないけど,すごいなとおもってある順番でキーをうつことで,そういった意味の言葉を誰かにつたえられるかもしれない,もじの順番を,だれかがみてくれるかもしれないこと,すごいなー

そういったことひとつひとつが美しいのに,もし自分が元気だったらそんなこと考えもしないんだろうな。 いやかんがえもするのかな,でもうつくしさは,ぼくのあたまのなかにあって,それをさいげんしたくてがんばって,順番を守ってるけど そんな単純には,すくないもじではつたわらないよ

だれか,おなじことかんがえてるきぶんのひとが,そうだそうだっていってくれたらいいな

電脳コイルみてたとき,ある道順にしたがって進むきとでいけるばしょがあって,あるじゅんばんでキーボードおしたら,ある順番で文字をかいたら,ある感情にたどり着ける小説家とにてて。

でもそれが文字じゃなくて,道なのが本当によかった

道のほうがいいよ道の方が


扇風機

扇風機をいえのそとに置いてます。 べらんだの窓のちかくのコンセントに挿して,コードをすきまから通して 網戸の向こう側に扇風機をおいて,いえのそとの風が,いえの中にはいってくるようにしてつかってます

こいつ(扇風機)は我が家の物でありながら,いえからコードをひっぱってきて,外にいて働いているのです まるで,大使のようです 我が家と地球をとりもつたいしとして,こいつはぐるぐるまわっています

人間が,たかい建物に,積み重なって住むようになって何年になるんでしょうか 一番最初の二階建てはだれがおもいついたのか, 最初は,二階建ての二階と一階で,夜になったら,「起きてる?」「起きてるよ」ってやってたんじゃないかなって思います

病気の勉強をしてると,こんなにもたくさんの病気があって これじゃあ,全部個性みたいなもんじゃんっておもいます ほくろの多い人をみたら,この人は,お腹のなかとかも黒子がおおいのかなってかんがえます。 おなかのなかのほくろもおおかったら,頭のなかもほくろがおおかったりして そしたら,魂にもたくさんほくろがあるかも

しんだあとの魂の行方が手塚治虫の火の鳥のようだったら ほくろの多い友達にそこでたましいのほくろをみせてもらいます。


はじめまして

よのなかからわくわくがきえていってしまいました

インターネットは悪口ばかりです 本当にだいじな,まだ世界をかえることのできるかもしれない情報が世界のどこなにあるかもしれないのだけど それはインターネットではなく,たくさんあるかかれたもの,のなかのどれかにあるのかもしれないと考えてます。

だから,ぼくは付箋にメモをしてそれを,そっと公園にすてています。


公園のき

飲み会のかえりに公園をあるいていたら,きが何本もたっていて 緑色のくろのなかで,くねっとしているきがとても美しく感じました。

しばらくそこできをみていたい気持ちもあったのですが,あたまもすこし痛いし,あしたはあさが早いので いえにかえりました

いえに帰る途中でぐみをかったのですが,そのぐみとぼくがあのとき見た木のひとつひとつのうつくしさは なにか関係があるのか,とかんがえました。

ぐみを買ううんめいが,ぼくにあの木をみせてくれたのかもしれないし,あの木がぼくにぐみを買うよう勧めたのかもしれないし

もう,あのきはみれないとおもってましたが,きょう同じ公園をとおったら,きがまだ立っていて きのうほどでもないけれども,その面影はあって安心しました